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広島高等裁判所 昭和32年(ツ)28号 判決

上告人 被控訴人・原告 有限会社寿産業

訴訟代理人 篠田嘉一郎

被上告人 控訴人・被告 梅木賀

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

本件上告理由は別紙記載の通りである。

上告理由第一点について。

原審における弁論の全趣旨によれば、被上告人が上告人に対し原判決添附別表記載の金額を支払つたこと並びに同表記載の通りその内金一万円は本件貸金の元本の内入として支払われ残額は本件貸金に対する日歩金二十七銭の割合による約定利息及び日歩金三十銭の割合による約定遅延損害金の弁済として任意に支払われた事実は当事者間に争のないことを認めることができる。原判決の事実及び理由の摘示は明白を欠くうらみがあるが、結局原判決理由において右の事実を当事者間に争のないものとして被上告人により右の通り任意に支払われた利息制限法違反の超過利息及び損害金が本件貸金の元本の弁済に充当せられるか否かにつき判斯していることは明らかである。従つて、原判決には所論の如き違法は存しない。

上告理由第二点について

利息制限法(昭和二十九年法律第百号)第一条によれば、金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約は、同条所定の利率を超過する部分につき無効であるが、若し債務者が任意にこれを支払つたときはその返還を請求することができない。しかし、右超過部分の利息の契約は法律上無効であるから、債務者により任意に支払われた超過利息に当る金額が、無効な超過利息の部分の弁済に充当し得られないことは明らかである。右支払金が法律上いかに取扱われるべきかについては、同法は前示の通り債務者においてその返還を請求し得ない旨定めている以外何等の規定もしていない。ところで、同法第二条によれば、利息を天引した場合、天引額が債務者の受領額を元本として同法所定の利率により計算した金額をこえるときは、その超過部分は元本の支払に充てたものとみなされるのである。従つて、消費貸借成立の際債務者により任意に支払われた天引利息中超過利息に当るものと解し得る部分は元本の弁済に充当せられることになるのである。右第二条に示された論理を推し進めてゆけば、消費貸借成立後に債務者により任意に支払われた超過利息も同様に元本の弁済に充当せられるものと解すべきことになる。明白な規定の存在しないために法文の解釈が幾様にもなされ得る可能性の存する場合には、なるべくその法律の目的が貫徹せられるように解釈することが、正しい法律解釈の態度である。利息制限法は同法所定の利率を超過する高利を禁止することを目的としているのであるから、超過利息の任意支払につき前示の通り解釈することが、同法の目的に副うゆえんである。同様の事は賠償額の予定或は遅延損害金に関する同法第四条についても言い得る。従つて、債務者により任意に支払われた同法所定の率を超過する利息及び損害金の部分は、元本債権の存在する限り元本の支払に充てられたものと解すべきである。右と同趣旨の原判決の判断は相当であつて、論旨は理由がない。

よつて、民事訴訟法第四百一条、第九十五条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

上告理由

第一点原判決は被上告人の支払金の種目につき当事者間に争いが存するに拘らず、これを争いなきものと認めた不法がある。即ち上告人は被上告人の支払金に関し原審に於て準備書面(昭和三二年四月九日附)別表に記載した如く昭和三十年三月十四日元本に対する内入弁済として金壱万円を受取り、その余の金員はその支払の都度借受金に対する利息、損害金として受取つて居り被上告人は法定利率の制限を超過することを知りながら任意に利息、損害金たることを明示してその支払をしたものであることを主張したに対し被上告人はその準備書面(昭和三二年二月一四日)において被上告人は上告人に対し支払うた金額は借受元金と利息及び遅延損害金を包括したものであると抗争しているのである。然るに原判決は当事者間に授受した金員の総数額が一致している点に着目して上告人が元本の内には一万円丈けその他は利息及損害金の支払いとしてその支払の都度これを受領した旨の主張を無視し恰も上告人が被上告人の支払関係を認めたものの如く判示したのは民事訴訟法第三百九十五条第一項第六号に当る不当の判決である。(前記当事者双方の準備書面による計算表を対比すれば原判決の判示の不十分なことが判る。)

第二点原判決は被上告人の利息制限法の利率超過部分の支払金の処理につき同法第二条利息天引の規定に準じ弁済の充当をしたのは右利息制限法の解釈を誤りたるもので民事訴訟法第三百九十四条に違背する不当の判決である。

1 原判決は本件利息制限法所定の利率超過部分の処理を同法第二条天引利息の特別規定に準じて処理すべきものと解し『……従つてかりに債務者が右制限を超過する額を任意に支払つた場合でもその約定自体はあくまで無効であるというべきであり、このことと利息制限法第二条において利息天引の場合に制限超過利息を元本の支払に充てたものとみなした立法の精神とを合せ考えるときは……返還を請求する場合にのみ適用せられるものと解すべく元本債権の残存する限り右無効の部分は元本の支払いに充当せられたものとみるのが相当である』と判示した。

(イ) しかしながら利息制限法(以下法と略称する)第二条は現実授受した金額を元本とみなし(仮定元本)て法定の利息を算出しこれを天引した金額中から控除した残額(超過金額)元本(約定の元本額)の支払い(一部弁済)に充てたものとみなす(法的充当)と規定し、金利計算、非債弁済等複雑な紛争を一掃した擬制的規定であるから、その解釈適用は制限せられ拡張又は類推を許さないものである。(例示金一万円の消費貸借契約をなし年二割の約定利息(法第一条)を付し三年間貸付けるものとし、貸付の際二ケ年分の金利四千円を天引きし六千円を授受した場合において法第二条に従えば現実授受した金六千円を元本とみなして二ケ年間の利息二千四百円を控除した千六百円は元本一万円の内入れとしたものとみなされる、従つてその残元本は八千四百円となる。)

(ロ) これに反し契約当事者間に天引利息の計算によらずして、契約の際借受元本の全額を授受した場合においてはその授受した元本全額に対し法第一条所定の利率に従つて利息及損害金(損害金については法第四条)を付加すべきもので、仮令その支拡が前払いなると後払いなるとを問わず(イ)の法則に支配せられることはない。

(ハ) 法第一条、第四条による利率制限の規定は制限超過部分のみを無効とするものであつて、それがため消費貸借契約は勿論利率に関しても、その全体の効力を左右するものではない。蓋しこの法律の使命は現実の社会的経済的生活における切実なる矛盾相剋の調整を意図するものであつて単なる債務者保護という偏重的な規範ではない。同法を囲繞する法律関係、経済関係は多種多様である。従つて法が利率を制限した点のみに膠着して高金利の制圧に没頭することは法の真髄を把握したものとは言われない。惟うに利息制限法の制定を余儀なくする社会現象として吾々日常生活の上に低金利金融のみに依存することの不可能なる事態が多く又仮令高金利を払つても夫れ以上の利益を収める自信を以てこれを利用する者も在る等所謂需要供給の軌道から逸脱することは容易に出来難い現実に鑑みれば制限法を制定したからと言つて金利政策に終止符を打つことは出来ない。現に出資の受入れ預り金及金利等の取締等に関する法律(昭和二十九年六月二十三日法律第一九五号)に依つてもその第五条に貸金業者の利息を日歩三十銭未満のものは処罰しない旨を規定し暗に貸金業者には貸倒れ等危険負担が相当に存することを斟酌し同法と利息制限法との間に一種の放任行為的余地を容認し営業の届出等により間接にこれを取締つていることが判る。

(ニ) この故に法は『利率の制限超過部分につき契約を無効とする』旨規定し、弁済者をして制限超過部分の支払を阻止し、若し進んでその超過部分を支払つた場合にはこれが返還請求権のないこと、換言すれば法の保護を与えないことを明示している。蓋し自ら進んで不合理な行為、自己の恥ずべき行為を敢えてしながら、これが救済を求めることは法の秩序を汚漬するものであるからである。

2 原判決は本件利息、損害金の超過部分の処理を法第二条利息天引の場合の処理と同旨のものと認めているが誤りである。即ち天引きした利息に超過部分の生ずるのは現実に授受した貸付金額を元本額とみなしてこれに対する利息を計算する結果剰余を生ずるものを法の擬制により契約した貸付元本額の支払いに充てたものとみなされるので債務者側には何等責むべき不徳はない。これに反し法第一条、第四条による超過部分の利息、損害金の支払は無効であつてその金額は返還請求を許さないものである、換言すれば債務者は法の保護を受くる適格のないものであるから法第二条の規定を類推又は準用することは許されない。

3 原判決はその理由において『利息制限法は経済的弱者である債務者を保護するための立法であり、基本的には同法の制限を超過する利息又は遅延損害金の約定につき民事上の効力を認めないことによつて右の目的を達しようとするものである』と判示したのは法第一条第一項の制限超過部分の利息契約(法第四条第一項を含む)は民事上無効であるとの意味、又同理由中『本件において控訴人の利息又は損害金の支払が利息制限法第一条第一項、第四条第一項所定の利率を超過するものである』と判示したのは無効なる制限超過利息又は損害金を支払うたものとの意味に解せられる。(この点に理由の不備があることは第一点で指摘した。)

そこで被上告人たる債務者は契約中制限超過利率の部分の無効であることを知つて、しかもその超過部分を支払つたものであるから、その支払は無効で返還請求権を有しない即ち弁済者は債権者に交付した金員につき所有権も処分権も喪失しているそして同条項は強行規定であるから当事者の意思で左右することは出来ない、しかるにその金額を元本の弁済に充当すべきものとすれば、法は一面において返還請求を拒否しながら、他の面において返還したに等しい処分行為を認容するものであつてその不当なことは言をまたない。法第二条利息天引の法理を本件の場合に引用しようとするは被上告人の支払つた金額を同人のために有利に処理せしめようとする同情に外ならない、法律上の根拠はないものと信ずる。

右の理由により原判決を破棄し更に相当の御判決相成りたい。

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